先頃、ノムさんこと野球評論家の野村克也氏(81)が「暗黒の巨人軍論」(角川新書)を上梓した。オフに大型補強を行い、優勝奪還を目指す巨人の現状について一刀両断しているのである。
同書の冒頭で、ノムさんは、阿部慎之助(37)や坂本勇人(28)など、巨人の主力選手が自己中心的なプレーに走り、球界の盟主にあるまじき凡ミスが続出していることを嘆いている。そして、巨人が堕落した元凶として長嶋茂雄終身名誉監督(81)を名指しするのだ。とりわけ、ミスターの代名詞でもある“カンピューター野球”を痛烈に批判している。
〈はっきり言うが、長嶋が巨人を凋落させた張本人だと考えている。長嶋は一九七四年、川上監督のあとを受けて監督になった。そこから巨人の凋落ははじまった──〉
ノムさんは、V9時代の巨人について〈守り勝つ野球であり、チームとしての理想形であり、教科書だった〉と絶賛する一方で、
〈監督としては私は認めない。監督としての長嶋は、それまで巨人が代々培ってきたもの、築いてきたものの多くを断ち切り、破壊してしまった。その影響がいまだ巨人に残っていると感じるのだ〉
と述べ、監督時代のミスターが目指した、強力打線による超攻撃型野球を完全否定するのだ。
思えばノムさんのプロ野球人生を振り返ってみると「打倒巨人、打倒長嶋」のひと言に尽きると言っても過言ではない。
まさに同書は、そんなノムさんの長年にわたって鬱積したボヤキの集大成とも取れる内容だが‥‥。
現役当時から2人の取材を続ける、スポーツジャーナリストの吉見健明氏はこう語る。
「選手、監督として長嶋さんが目指したのはファンを魅了する野球。かたや野村さんはサイン盗みなどの卑怯な手段を使っても、泥臭くても勝つ野球。そもそも野球観がまったく違う。2人の関係は水と油なんだよね」
さらに吉見氏によると、現役時代のノムさんは、たびたび記者たちの前で、このようにボヤき続けていたそうだ。
「王のほうがはるかに実力は上なのに、なぜ能天気な長嶋ばかりがもてはやされるのか。あんなのはマスコミが作り上げた虚像だよ」
ノムさんはミスターに対して、強烈なコンプレックスを持っていたという。
一方で、巨人球団関係者は、監督時代にミスターがこんなことを口にするのを耳にしたというのだ。
「野村は球界のガンだ」
去る2月11日にミスターは宮崎キャンプを視察し、精力的に動き回った。その様子はテレビやスポーツ紙の1面で大々的に報じられた。テレビ関係者によると、スポーツ番組「S☆1」(TBS系)の収録に参加したノムさんは、ミスターの姿をVTRで目にして、こうつぶやいたという。
「俺もまだくたばるわけにはいかないな」
ミスターに強い対抗心を燃やすノムさんだが、同書の後半では、なんと宿敵巨人の再建に意欲を見せるプランを披露している。次期監督の適任者として松井秀喜氏(42)の名前をあげて、こう語っているのだ。
〈「外野手出身に名監督なし」これが私の持論であることはすでに述べた。だからこそ、有能なヘッドコーチをつける必要がある。望まれれば、私がやってもいい。松井はやりにくいかもしれないが、負ければ私のせいにすればいい。責任は全部とってやる。三年、いや二年で優勝してみせる自信はある〉
前出・吉見氏が続ける。
「野村さんは昨年のクリスマスにホテルオークラで食事会を開いた。その際も、サッチーの肩を借りて歩行するなど、おぼつかない足取りだったよ。年明けにも自宅の勝手口から出てくる姿を目撃したが、腰の状態が思わしくないようで、おそるおそる段差を下っていた。見るからにつらそうだったね。ボヤキは健在みたいだけど、週6ペースでリハビリを続けている長嶋さんのほうが動きは軽やかだよ」
南海に在籍していた現役時代に、ノムさんはこんな言葉を残している。
「長嶋がひまわりの花なら俺はひっそり咲く月見草」
今もなお「打倒長嶋」に燃えるノムさんの執念は、はたしてヘッドコーチ就任という形で結実するのだろうか。