金正男暗殺される──衝撃の第一報が日本に飛び込んだのは事件翌日のバレンタインデーだった。その夜を境に、日本のメディアは「暗殺報道」一色。その舞台裏では、5300キロ離れた東京とクアラルンプールを股にかけて、連日「バカ騒ぎ」が繰り広げられていた。
「いまだに気づかない人が多いかもしれませんが、テレビ局は誤報を連発していました。暗殺事件が勃発した直後は、入ってくる情報をいちいち精査するヒマもありませんでしたから」
ドタバタの「暗殺報道」を述懐するのは、テレビ制作会社のディレクターだ。彼によれば、
〈実行犯が死亡した〉(※のちに実行犯の女性2人が逮捕・起訴)
〈暗殺方法は毒針だった〉(※のちにVXガスだったことが判明)
〈正男氏の息子のハンソル氏が遺体確認にマレーシア入りした〉(※のちにマレーシア政府が全面否定)
こういったデマがテレビでタレ流され続けたという。だが、混乱したのは視聴者だけではなさそうだ。
「着のみ着のままマレーシアに飛んだのですが、これといった情報源がないため、現地の報道機関に頼らざるをえない状況。ところが、新聞、テレビ、警察発表と、それぞれ言っていることがバラバラなんです。情報が錯綜して何を信じていいやらわかりませんでした」(前出・ディレクター)
現地には世界中からメディアが集まり、公式の会見場は芋を洗うような混雑ぶりだったという。
「正男氏の遺体が安置されている病院で会見が開かれた時は、狭いスペースに100人以上の記者が集まり、配付資料の奪い合いで小競り合いが発生しました。同様のゴタゴタは裁判所前でも頻繁に目撃されました」(在マレーシア記者)
横並びの報道合戦が続く中で、各社が狙っていたのが独自のスクープ映像だ。
「取材開始当初は、正男氏や容疑者の顔をハッキリと捉えた新しい映像には、『最低でも10万円』と高額の“懸賞金”を設定していました」(前出・ディレクター)
だが、実行犯の一人であるシティ・アイシャ容疑者が事件の数時間前に開いていた「誕生日会」の模様をスクープしたのは、現地メディアだった。
「2月25日に『中国報』がネット公開したパーティの動画は、たった100ドルで出席者から買い取ったと聞いて愕然としました」(前出・ディレクター)
また、クアラルンプールには、金正男氏が行きつけにしていた高級和食店があった。
「正男氏がマレーシアを訪問した際は必ず訪れていたようで、お気に入りのメニューや最後の来店風景などを取材するため、ある日本のメディアが粘り強く交渉をしたが、いい返事はもらえなかったようです」(民放関係者)
現地で営業する他の高級和食店を当たったが、
「正男氏? 来てない。日本人の記者も来ていない」
と反応はそっけなかった。