リアリティを徹底させるため、役者のほとんどはオーディションで決められたという。だが、オーディションを勝ち抜いた役者は、現場に来る前から役作りに励むため、気合いが入りすぎている。北野監督は、そんな型にはまった芝居をフラットにするため、「棒読みっぽくやってみて」と指導したという。
「北野監督は静かな演技を好んでましたね。そして、俺は声を張る演技ってのができないんですよ。ボソボソと普通にしゃべる感じでね。だから、ほとんどNGがなかった。『ガチガチに気を入れないで、抜いた演技をしてください』と言われたぐらいで、演技指導もされてないんです。清弘という役のイメージそのままだったみたいで。逆にベテランの俳優さんは、声を張って演技するんで、北野監督に、『もっと(声量を)落として、落として』とかなり直されてましたね」
白竜演じる殺し屋・清弘の初登場は、当時はまだ無名俳優だった遠藤憲一演じる麻薬の売人をメッタ刺しするシーンだった。
「あの日は雨でね。雨が当たらないようにビニールシートを張って撮影したんです。セリフはアフレコになりました。普通の映画人だったら中止にしているでしょう。段取り、雰囲気の作り方がうまい人なんだなと思いましたね。映画人は頑固な人が多いから、型破りな撮り方をすると、『これはできません』と拒否されたりするんです。でも、北野監督は徹底したリアリティを求めて撮った。その説得力で、その後も古参スタッフたちをねじ伏せてきたんだと思いますね」
「その男、凶暴につき」の中盤からラストまで、白竜演じる清弘と北野演じる我妻刑事は激しくぶつかり合った。その中で北野監督ならではの演出シーンがある。
清弘が泊まるラブホテルを我妻がガサ入れするのだが、ベッドには裸の男が横たわり、清弘はやけに丈の短いガウンを着ている。そのガウンからは、白竜の細身でセクシーな太腿が露出しているのだ。
「清弘のゲイ設定は当日、知ったからね。そういうことだったんだ、って笑っちゃったけど。当初のシナリオは、かなり変わったみたいですね」
元の脚本では、ベッドに寝ている情婦は女だったという。
「あのシーンは、たけしさんのこだわり、美学がふんだんに盛り込まれてましたよ。普通だったら『殺し屋なのにこのガウン? 丈がちょっと短いんじゃないの?』って役者は言うよね(笑)。ラブホでの我妻刑事が清弘に言い放つ『いい趣味してるな』というセリフもよかった。とにかく、アイディアがすごいよね。殺し屋なのにアメ玉を舐めていたり、笑いながら人を殺したり。その場、その場で泉のように湧いて出てくる。そういえば、2作目の『3‐4×10月』(90年、松竹)でも、たけしさんと渡嘉敷(勝男)君の男色シーンがあったよね(笑)」