少し前の深夜、殿と食事を済ませ外へ出ると、「た、た、たけしさん。で、で、で、弟子にしてください!」と、青ざめた顔の弟子入り志願者が、暗闇からヌスッと現われたのです。
「あんちゃんはお笑いがやりたいの?」
と、見たところ、けして若くはない30代前半と思われる、息遣いの激しいその彼にまずは優しく聞いた殿は、続けて、
「悪いけど、今はもう弟子は取ってないから。まーでも、お笑いがやりたいんなら、こっちの北郷がライブをやってるから、ライブの手伝いからやらしてもらって、いろいろと勉強してみたら」
そうアドバイスを与え、帰って行かれたのでした。
基本、殿は常にこのような感じで、いまだ後を絶たない弟子入り志願に対し、優しく接します。
で、こういった光景を目にするたびに、〈わかるぞ~、その気持ち。僕だって君と同じで、路上で殿に弟子入りを直訴した一人なのだから〉と、20年前の自分と照らし合わせ、やや同情的な気持ちになります。が、今はもう本当に弟子を取っていないため、こればかりはどうしようもありません。
思えば、去っていった方も含め、延べ100名近くはいた、たけし軍団の誰もが、“何かオーデション的なこと”を受けたのではなく、ただただ“まったくの運”だけで入門を果たしています。しかしながら、どの世界にも例外はあるもの。
高校生の頃から殿の追っかけをし、顔を覚えられ、ファンとしてたびたび殿に焼肉なんかをご馳走になっていた玉袋筋太郎さんは、「高校を卒業したら就職します」と報告すると、「3カ月ぐらい働いたらすぐに辞めて、俺の所へ来い!」と、まさかの、殿からの直々ドラフト指名を受けた奇跡の兄さんです。さらに、殿から支度金まで頂いたとか。これは後にも先にも玉袋さんだけの唯一のパターンであり、異例中の異例です。
くどいようですが、弟子入りを許された弟子のほとんどが、何のプランもなく、ただただ、「弟子にしてください!」と、路上で勝手に声をかけた、押しかけ弟子なのです。わたくしが申し上げるのもアレですが、殿はつくづく懐が深いなと。
そんな、基本、寛大な殿ですら、「あれはない!」と怒りをあらわにしたパターンがありました。
もう20年以上も昔、福岡での仕事を終え、ホテルで休んでいた殿のもとへ、どこで調べたのか、部屋に直電が入り、「すいません。ファンなんですけど、ちょっとロビーまで降りてきてもらえませんか?」と、告げてきたそうです。殿がロビーへ降りていくと、「実は僕、弟子入り志願なんです。弟子にしてください!」と、何のてらいもなく言い出したといいます。殿はこの時のことを話すたびに、
「どこの世界にこれから世話になろうって師匠をロビーに呼び出すバカがいるんだよ。そんな神経でお笑いなんかできるわけねーだろ!」
と、毎度、軽く激昂するのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!