スタンドからは久々の「ユタカ・コール」が湧き上がる。ウイナーズサークルのお立ち台で左手をあげて大声援に応えるのは、当代随一のスター騎手。実に2年ぶりというGⅠ戴冠の感慨に浸る一方で、笑顔の奥には、競馬界を牛耳る巨大組織の「進路妨害」への苦悩が深く刻まれていた─。
「そんなことは言ってません」
「お久しぶりです! またこういう場に立つことができて、誰よりも僕がいちばんうれしいです」
マイルCS(11月18日・京都)で4番人気のサダムパテックをGⅠ初勝利に導いた武豊ぶりの戴冠という喜びをかみ(43)は、自身も2年しめつつ、続けてこうも吐露した。
「GⅠレースだけじゃなく、勝ち星自体が以前と比べると激減だし、『こんなはずでは‥‥』という気持ちでやってきて、3年くらいたちました」
JRA通算3494勝、GⅠ66勝(いずれも11月23日現在)という歴代最多記録を誇る武のGⅠ初制覇は、デビュー2年目(88年)の菊花賞。それから23年続いたGⅠ勝利は昨年ついにとぎれ、今年もダメか‥‥との感が強まっていた。マイルCSでどうにか2年連続V逸は免れたものの、近年「落日の天才」の様相を呈することになった重大要因は、思わぬところにあった。
「競馬界最大の勢力、生産者であり馬主でもある社台グループとの確執です。現在の競馬は『社台の運動会』と揶揄されるほど、社台グループの牧場で生産された馬が圧倒的多数、走っている。日本の競馬界は社台が牛耳っていると言っていい」(競馬ライター)
さながらテレビ界、芸能界におけるジャニーズ軍団のごとく、圧倒的な力を誇る巨大集団。それを敵に回したというのである。
発端とされるのは、審議レースとなった10年のGⅠ、ジャパンカップ(JC)。1位入線のブエナビスタが進路妨害で2位降着となり、2位入線した武騎乗のローズキングダムが繰り上がり優勝した。ローズキングダムは社台グループの牧場ノーザンファームの生産馬だ。本誌競馬連載で「武豊番」として予想を担当するスポーツライターの片山良三氏が語る。
「当該騎手の武と(ブエナビスタ騎乗の)スミヨンは検量室でパトロールフィルムを見ながら裁定委員に事情を聞かれ、武はそこで『あのブエナはアウトでしょ』と主張したということになっています。スミヨンは降着の裁定を自身のブログで批判的に書いたらしく、オーナーや関係者にも同様のことを話しただろうことは想像できます。社台グループはスミヨン、ルメール、デムーロといった外国人を世界一乗れる騎手と考えて神格化しているから、言い分を信用したのでしょう」
ブエナビスタもノーザンファームの馬であり、どちらが勝ってもいいじゃないか、とはた目には映る。だが、社台グループの牧場、社台ファームの代表で、グループの総帥的立場の吉田照哉氏は“武発言”を問題視した。片山氏が続ける。
「武本人は『そんなことは全然言ってません。どんな不利があったかと聞かれて、“まくりはありました”と答えただけ』と話していました。そもそも裁定の中で騎手がアウトだなどと言えるはずがないし、言う権限もない。全ては誤解からくる話でしょう。武も『自分が(アウトだと)言ったという噂があるんですよね』と悩んでいましたよ」
だが、真実はどうあれ、
「もう武には乗せるな、というお達しというか、絶縁状が出されました」(競馬解説者・東濱俊秋氏)
吉田氏の逆鱗に触れてしまったのである。