「おい、八名! お前、相手が北大路欣也だからって手加減しているのか!」
深作の怒号が響いたのはシリーズ第2弾「仁義なき戦い 広島死闘篇」(73年/東映)の冒頭のロケである。東映フライヤーズの投手から俳優に転向し、後に「悪役商会」を束ねる八名信夫が怒りの矛先となった。
北大路は第2作の事実上の主役である山中正治を演じていた。食堂で無銭飲食をはたらき、大友勝利(千葉真一)が率いる愚連隊の大友組から壮絶なリンチを受ける。八名は、その口火を切る役を演じていた。
「まず、欣也ちゃんの頭から汁モノの丼メシをかけるんだ。それを監督は『遠慮してる』って怒るんだけど、熱々の丼だったんだぜ。撮り直しでは『もっと中身を熱くしろ』って言うから、すごい監督だなあと思ったよ」
八名は丼のふちに親指をはさみ、北大路が頭にケガをしないよう配慮しながらも、1回目よりは迫力を増して「深作好みのリアルさ」を見せる。
同作ではさらに、チンピラ役の川谷拓三をリンチする場面でも衝撃を受けた。大友組の面々がボートを走らせ、両手首をロープで縛った川谷を海面で引っ張っていく‥‥はずだった。
「ところが拓ボンの体がクルクルッと回って、海の中に潜っちゃったんだよ。慌てて救命具を投げたけど、水もたくさん飲んでいて失神状態。皆で引き上げて心臓マッサージして回復したけどね。ただ、ああした命がけのシーンで拓ボンは認められていったんだよな」
八名もまた、プロ野球出身の俊敏な動きと、182センチの長身は深作に気に入られた。シリーズ全5作のうち3作に名をつらね、脇役ながら個性を発揮する。
八名は深作が求めるリアリティには、何度となく驚嘆させられた。例えば、ヤクザの宴会シーン。朝の9時から撮影は続いているが、深作のOKが出ない。
「やっぱりダメだ。匂いが伝わってこない」
深作は酒を用意させ、飲めない役者も含めて2時間ほど「本物の宴会」を決行。それからカメラを回したという。
酒がらみでは、5作目の「仁義なき戦い 完結篇」(74年/東映)における宍戸錠の演技も常識を超えていた。敵対していた市岡輝吉(松方弘樹)と料亭のテーブルで対峙している。
〈市岡、おんどれ、盃ゆうもんを軽う見とりゃせんか。牛のクソにも段々があるんで。おどれとわしは五寸かい!〉
激昂したセリフのままに宍戸は、左腕でテーブルの小皿やグラスを払いのける。その奥に八名たちが座っていたが、この場面は語り草となった。
「宍戸さんの左腕の静脈がばっさり切れちゃったんだけど、酒ばかり飲んでいるから血が止まらないんだよ。松方の横にいた女優が出血を見て失神したんだけど、それでも監督はカットをかけない。俺が宍戸さんの手を押さえて、ようやく撮影が終わったくらいだった」
八名が最後に深作に呼ばれたのは、92年公開の「いつかギラギラする日」(松竹)だった。仁義シリーズの山守組長(金子信雄)のような「コミカルな親分」というリクエストだった。すでに深作は還暦を超えていたが、それでも、車が海に飛び込むような派手なアクションを多用するのは、あの日のままだと思った。