わずか2日間で幕を閉じた杉本裕太容疑者の「逃走劇」。結果的には“失敗”に終わったが、その逃走手段には、その道の“プロ”も舌を巻く“手法”が隠されていた。以下に記すのは、絶対に参考にしてはいけない「完全逃走マニュアル」である。
杉本容疑者が逃走を開始した場所は、横浜地検川崎支部だった。弁護士との接見中の出来事であった。多くの報道で指摘されているとおり、川崎支部には接見室がなかった。ドラマなどでよく登場する容疑者と弁護士との間をアクリル板で仕切られた部屋である。
元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏はこう話す。
「神奈川県に限らず、地検の支部には接見室があるほうが少ないのです。今回の接見も、検事の執務室で行われています。警察署の取調室では被疑者を奥に座らせ、出入り口側に刑事が座ります。逃走するには刑事の脇をすり抜ける必要があり、逃走防止のための配置です。しかし、執務室では奥に検事の机があり、手前に被疑者が座る。逃げやすい環境にあったと言わざるをえません」
恐らく杉本容疑者は執務室に入ってから逃亡を思いついたと見られる。
とはいえ、地検支部とてみすみす取り逃がすわけにもいかない。他にも逃走防止のための手だてがある。
まずは、被疑者に巻きつけられ、警察官が逃がすまいと握っている腰縄である。今回、杉本容疑者はみずからの手でズリ下げて逃げている。
「簡単ではありますが、腰縄の縛り方は定められています。普通に縛っていれば、ズリ下げることは不可能です。今回、腰縄を縛ったのは、県警本部の留置管理課の巡査部長だったそうなので、縛り方にミスがあったとは思えない。杉本容疑者が細工をしたのではないでしょうか」(前出・小川氏)
杉本容疑者は接見中にトイレに立っている。そこがポイントだという。
「限られた時間で唯一の味方である弁護士との接見中に、トイレに立つ被疑者なんてまずいません。トイレに行けば、かなりの接見時間が減ってしまうからです。ここで、用を足す前に杉本容疑者は腰縄をほどかれ、執務室に戻る前に縛り直されている。例えば、縛り直す時に腹を膨らませておけば、腹をひっこめてズリ下ろすことができるかもしれません。さらに『痛い』と言えば、緩く縛ることもありうる」(前出・小川氏)
他にも、杉本容疑者はトイレに立つ必要があった。
「川崎支部に送検される際は、西側の駐車場にある出入り口から被疑者は入ります。この扉は外からも内からも鍵がないと開かない。つまり、杉本容疑者が昇り降りしていた階段から逃げては、外に出られない。そのため、トイレに立った際に、他の階段を探したことも考えられる。さらに、他の警察官がいないかも確認したのではないでしょうか」(前出・小川氏)
まんまと川崎支部から脱出した杉本容疑者はスクーターに乗った後輩に出会うなど悪運の強さもあった。
しかし、この友人・知人に頼ったことで、前述したように警察に足取りをつかまれたのだ。
前出・小川氏が言う。
「比較するのもおかしな話ですが、殺人を犯して2年間、逃亡した市橋達也受刑者は誰にも連絡を取っていなかった。自力で金を稼ぎ、顔を変えていた。結局、杉本容疑者はそうした生活力もなく、しょせんガキだったということです」
さらに、神奈川県警は全国有数の大規模警察である。それだけ、追っ手の数も多い。最初から杉本容疑者は逃げおおせるものではなかったのだ。
昨年、山梨県警が窃盗犯の逃亡を許した。現在も逮捕できていないことを考えると、警察官が少ない地方のほうが逃げやすいとも言えるだろう。
ただし、一生、警察の目を恐れ、重い十字架を背負って生きる逃亡犯の最期は決して幸福ではないことだけは忘れてはいけない。