クールボーイは5日間の脱走生活から戻ってジュテ、ガトーの兄たちと仲良く暮らしていたが、その半年後に再び、いなくなってしまった。20年、ゴールデンウイーク前のことだった。
「クール、いる?」
連れ合いのゆっちゃんが言ってきたのは、午後になってからだった。
「そういえば、見かけないな」
胸騒ぎがした。最初に脱走した時と同じだ。
「ジュテもガトーもいるけど、クー、いないよ」
すぐに家中を探して回った。いない。間違いなくいない。ただ、いないと思っていたら、ひょっこり現れることもある猫だ。嫌な予感がしながらも、夕方近くまで待つことにした。しかし…。
「もうお腹もすいただろうから、出てこないのはやっぱり変だ」
「また、脱走…」
心当たりはない。家中をもう一度、見て回って、結論のようなものに辿り着いた。寝室のベランダからではないか、と。
その日は天気がよく、2階の寝室のサッシを開けたままの時間があった。ジュテもガトーも、天気がいい日はベランダに出たがる。この2匹だけの時は、あまり気にしないで開けていた。
ジュテは仮に何かの拍子に飛び降りるようなことがあっても、マンション時代のようにギャア、ギャア(ただいま)と大きな鳴き声をあげて戻ってくる。ガトーは一度も外に出たことがないので、ちょっとした隙に外に飛び出しても、どうしていいかわからず、おっかなびっくりで助けを求めるような性格である。
問題児のクールだけ、ベランダに出さなければいいと思っていたのと、ベランダの手すりは円形なので仮に飛び乗ったとしてもバランスを取れない、出ようとしてよじ登るか飛び乗っても、ベランダに落下するしかない。そう思ってはいっても、クールだけはベランダにも出さないようにと、用心していたつもりだった。
ちょうど、植木鉢を入れ替えたりする時期だった。ベランダの手すりにブラ下げる植木鉢は内側に丸いホルダーをセットし、その中に入れている。入れ替える時は、ホルダーだけになる。仮に猫がそこに飛び乗ったら、なんとかバランスを取ることができるかもしれない。
だが、出ようとしたら地上に落ちることになるので、身軽な猫とはいっても、賢ければ避けようとするに違いない。簡単には外の世界に飛び出すことはできないはず、だ。
ところが、である。また、落とし穴があった。我が家の隣りの列の2軒目、こちらから見ると斜め向かいに、普段から懇意にしている和菓子屋がある。その和菓子屋の1階の屋根の庇はこちらのベランダの角よりやや低めで、その距離は1メートル弱。もし植木鉢のホルダーに乗ったら、庇まで飛び乗るのは、若くてピョンピョン飛び跳ねるクールには容易だろう。
ゆっちゃんとベランダに出て、確認した。ここから庇に飛んで屋根伝い、塀伝いに再び外の世界に降り立ったのだ!
「うかつだったわ。ちょっとの隙にベランダに出て、まさか飛び出すなんて」
「クールは間違いなく、飛んだんだよ、それしか表に出る方法はない」
まさに不測の事態。そんな方法があるとは想像できなかった。
この時点で、クールの二度目の脱走を確信する。事実、夜になっても、クールが姿を見せることはなかった。
コロナ騒ぎの序章ともいえる時期で、世の中はコロナ一色になりつつあった。だが、我が家はクールが2度目の脱走で姿をくらまし、コロナどころではなくなっていた。
(峯田淳/コラムニスト)