そして、東京へと戻る車中でも、
「お前、さっきのもったいねーな。1個笑い損したな」
と、殿は切り出すと、続けて、
「昔、俺も深見のおとっつぁん(殿の師匠・深見千三郎さん)によく言われたよ。『なんでお前は横のハイヒールを出さないんだ。お前が間違えてハイヒールを出して、“なんだ、やけに高いな‥‥、ってバカ野郎!”ってやるのが芸人だろ。それでそれを見てた人が後で、“深見さんのとこのお弟子さんは面白いね~”なんて言われるんだぞ』ってよ、あーいう時は場所にもよるけど、やって(ボケて)いいんだぞ」
それから1カ月後、「菊次郎の夏」の撮影がスタートし、日々付き人として、監督の周りをうろちょろとしていたある日、とにかく撮影が早い北野組には珍しく、少しばかりの長い待ち時間が発生したことがありました。すると殿は、
「北郷、ちょっとこっちに来い」
と指示を出すと、人の集まりから少し外れた場所へわたくしを誘導し、
「今からちょっとコントやるからよ。俺が『肩凝ったな。ちょっと叩いてくれよ』って言ったら、まずは俺の頭を叩けな。そして『違うよバカ! 誰が頭叩けっていったよ。もういいよ、揉め揉め』って言ったら、今度は俺の胸を後ろからわしづかみで揉めな。それで『お前はどこ揉んでんだ! もういいから、引っ張れ引っ張れ』って言ったら俺の両方の耳を引っ張れ。わかったか」
と、一気にミニコントの流れを説明するとすぐに、
「じゃーちょっと、1回やってみっか」
と、リハーサルをスタートさせたのです。わたくし、戸惑いながらも、殿の説明どおり、まずは頭を叩きましたが、緊張のせいか、チップ気味にかすってしまったのです。すると殿は、
「お前、チップやめろよ。それが一番痛いんだから。いいから強く叩け」
とアドバイスをし、続けて、“揉み”のくだりで、後ろから思いっきり胸を揉むと、殿はリハだというのに、
「う~ん最高。もっと強く、もっと激しく。あたしもう病みつき‥‥、って俺は愛染恭子か!」
と、すこぶる快調なノリツッコミを炸裂させました。
そして最後の「引っ張れ」のくだりで、両の耳を引っ張ると、殿は首を伸ばす動きを入れながら、
「ミ~ン!」
と、謎の擬音だけ発し、
「もういいよ!」
と〆のツッコミを入れ、リハを終了させたのです。
「だいたいわかったか? じゃー、あっち行ったらやるからよ」
殿に続いて、スタッフが集まっているディレクターズチェアがある場所に戻ると、イスに座られた殿から、
「なんか肩凝ったな。北郷、ちょっと叩いてくれよ」
と、さっそくミニコント開始の合図が発せられたのでした。
この時、とにかく遠慮せず、強く叩き、強く揉み、強く耳を引っ張ると、そのミニミニコントは、びっくりするほどスタッフにウケ、周囲がどっと沸いたのです。
思ってもみなかった、大成功の快感に酔いしれ、1人勝手に満足顔をしていたわたくしに、
「強くやれって言ったけど、何もあそこまで強くやることはねーだろ。これだから素人は怖いよ」
と、“お前、今ウケたのはたまたまだぞ”といったツッコミを、しっかりと殿から頂いたのでした。