晩年は反戦、反原発、自然保護運動に尽力。そうした立場からの発言も多かった文太だが、かつては右翼・民族派サイドとの交流もあった。とりわけ朝日新聞社内で壮絶な拳銃自決を遂げたカリスマ烈士・野村秋介氏との関係は、決して長い期間ではなかったが、濃密なものだった──。
菅原文太は映画界ばかりか、政財官界、文化人‥‥等々、各方面に多彩な交友関係を持っていた。中にはアッと驚くような意外性に富んだ人物との親交もあって、文太の懐の深さ、人脈の豊富さを物語っている。
平成5年(1993年)10月20日、朝日新聞社において壮絶な拳銃自決を遂げた民族派烈士の野村秋介との親交も、つとに知られるところで、納得できるといえば納得でき、不思議といえば不思議、ユニークな組みあわせに違いなかった。実はアサヒ芸能の平成4年7月2日号で2人は対談している。「特別対談」と銘打たれ、タイトルには〈「本物の男」をめぐり大激論!〉とあった。
折しも野村秋介は政治団体「風の会」を結成し、先の6月19日の記者会見で夏の参院選比例区への出馬を表明したばかりだった。
その主な候補者は、タレントの横山やすしの他、国立大学名誉教授、弁護士、僧侶、トラック運転手、主婦ら10人。また「風の会」の推薦人には、安部譲二、栗本慎一郎、ビートたけし、具志堅用高など各界の著名人が名を連ねており、菅原文太もその1人であった。
野村 だいたい、ボクは一回も選挙の投票に行ったことがないのよ。それがいきなり立候補じゃ、詐欺だよね(笑)。
菅原 ハッハハ。
野村 選挙も、はじめっからイヤだってはっきりいってるんだよ。まるっきり、やる気なかったの。ある人にもいわれたんだけど、「野村秋介は野に置けれんげ草じゃないが、野にいてにらみをきかせていてほしいんだ」って。
菅原 オレも、最初に野村さんから相談受けたとき、同じ意見だった(笑)。でも、いいじゃないですか。いままでの生き方から、また別な新たな戦いの場に出て行くのも、ひとつの姿でしょうし‥‥。それでこの腐敗した政治に突破口が開ければ、大いに喜ぶべきことでしょう。
──といった調子で、終始いい雰囲気で話も弾み、2人は互いをよく理解しあった心の友であることがうかがえる。
また文太は、同対談上で、「風の会」の候補にトラック野郎がいることを喜んで、
「まじめな話、彼らが非常に苦しい中で仕事をしているのは事実ですから、そういう中から代表が出て、一陣の風を巻き起こすことは大いに結構ですよ。確かに、そういったバラエティに富んだ人選はおもしろいし、また、彼らを右翼の人たちや、任侠の人たちが応援するのは自由なんだもんね」
とも述べている。
◆作家・山平重樹