このコラムの前編では、房総半島沖(千葉県東方沖)のプレート(岩盤)境界面で検出された「スロースリップ」なる現象が、房総半島沖での巨大海底地震(マグニチュード8クラス)を誘発する大きな可能性について指摘した。
だが、スロースリップが引き起こす大惨事はこれだけにとどまらない。想定される第二の大惨事は「スロー地震」による大津波被害である。
スロー地震はスロースリップが引き金となって、これが大規模化し、発生する地震のことだ。スロー地震の場合、スロースリップを始めた陸のプレートが激しく跳ね上がる(巨大海底地震)ことはないため、震源に近いエリアでも巨大海底地震のような壊滅的な揺れに襲われることはないが、大津波による被害は甚大なものとなる。
事実、房総半島沖では過去にもスロー地震が発生している。
例えば1677年(延宝5年)に起きた、延宝房総地震。この時のスロー地震の規模はマグニチュード8以上と推定されているが、地震の揺れによる被害がほとんどなかった一方で、大津波による甚大な被害が史実として記録されているのだ。地震歴史学者が解説する。
「この時、現在の千葉県銚子市では13.5メートル、いすみ市では12.8メートル、御宿町では最大10メートル、勝浦市では8メートルの大津波が、それぞれ押し寄せたと伝えられています。津波による総死者数は不明ですが、大津波に襲われた集落では50人単位、100人単位の死者が出たとも言われているのです。スロー地震はその存在自体があまり知られていませんが、リスクは確実に高まってきていると言えます」
ちなみに1896年(明治29年)に起きた明治三陸地震(岩手県東方沖を震源とするスロー地震)でも、地震の規模がマグニチュード8以上と巨大であったにもかかわらず、震度は3~4であり、揺れによる被害はほとんど報告されていない。ところが大津波による死者や行方不明者は、2万人超に達したと伝えられているのだ。
房総半島沖で発生が危惧される巨大海底地震と巨大スロー地震。激しい揺れを伴う巨大海底地震による被害はより甚大となることが予測されるが、巨大スロー地震には揺れが小さいだけに高台への避難が遅れるという特有のリスクも存在する。
いずれにせよ、危機が切迫しつつあることを再認識することが肝要だ。(おわり)
(石森巌)