プロ野球12球団にはそれぞれ、ファンに親しまれるチームカラーがある。今季の広島カープのチームカラーを象徴するシーンが7月初旬、立て続けに2つあった。
まずは7月4日の阪神戦だ。3-3で迎えた8回裏、カープの攻撃。この試合前までカープは3連敗で、首位の地位は危うくなっていた。
まず先頭打者・小園海斗の右前打で、新井貴浩監督が動く。代走に羽月隆太郎だ。
坂倉将吾のセカンドフライで一死後、野間峻祥の打席で羽月が二盗。続く石原貴規の打席では、三盗を決める。いずれも初球で走り、ユニフォームの襟元が破れた。
続く菊池涼介が空振り三振に倒れ、堂林翔太の打席に。集中力を研ぎ澄ませた羽月の迫力が、阪神の3番手投手・石井大智にも伝わった。力んだ初球がワンバウンドし、捕手・梅野隆太郎が三塁側にはじく。その瞬間、迷わずにスタートを切った羽月が頭から本塁へ滑り込み、セーフ。その後も加点し、カープはこの試合を7-5で制した。新井監督は「少しでも迷いがあったら、ホームインはなかった。素晴らしい勇気ある走塁だった」と羽月を絶賛した。
その2日後の中日戦。目の前に再び、劇画のような場面が現れた。1-2でリードされた9回、カープは一死二・三塁のチャンスを迎えた。投手は中日の絶対的な守護神マルティネス。三塁ランナーは羽月である。打者はカープの代打の切り札・松山竜平だった。
松山の力ない打球が、三塁手・福永裕基の頭上のファウルゾーンへと飛んだ。福永が背走し、スライディング体勢に入った瞬間に、羽月はタッチアップでホーム突入を決めた。新井監督の言葉を借りると「福永があそこしかないというところに投げた球」に、羽月が体をねじってベースに足を滑り込ませる。間一髪アウト、そして試合終了。
しかしファンも新井監督も、羽月の勇気ある判断を称える。あの塁間27メートルの2つのドラマは、カープ野球の面白さの極致だった。
年配の人なら、思い出すだろう。1970年に100万枚以上を売り上げた、ソルティー・シュガーの大ヒット曲「走れコウタロー」だ。当初、メンバーの山本厚太郎をはやす歌だったのに、同名の競走馬がいたため、その後、人生の応援歌となり、運動会のBGMなどで頻繁に使われた。今、広島での応援歌は「走れリュウタロー」なのだ。
今季のカープは強力な投手陣に比べ、打撃陣の迫力に乏しい。それでも上位争いをする原動力は羽月だけでなく、チームのほとんどの選手が次の塁を狙う姿勢を見せる「走塁」にある。
7月15日時点で、カープは盗塁数もその企画数もリーグトップ。とりわけ、決して足が速くない会沢翼、松山竜平らが激走するシーンはベンチだけでなく、球場全体が盛り上がる。この情景こそ、カープ野球の象徴(本質)なのである。
(迫勝則/作家・広島在住)