政治

“全世界からタブー視される”国際ニュースに潜む怪人列伝〈ジミー・バーベキュー・シェリジエ〉

 世界を見渡せば、いくつかの「治安の悪い国」がある。その中でも、段違いの悪さを露呈する国家がハイチ共和国だ。

 ハイチと聞いても、すぐにピンと来る方は多くないだろう。キューバやジャマイカの東、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島という比較的大きな島がある。その西半分がハイチになる。

 もとよりカリブ海の島国には薬物密売組織が多く、治安が不安定な国が少なくないが、ハイチは別格である。何しろ政府が無力化してギャングが権力を掌握中というトンデモない国なのだ。カリブの国々には、世界中のセレブが集うハイソなリゾート地が点在する。が、そんなハイチに観光に行く人はまずいない。日本政府も邦人に即時退避と渡航中止を勧告するほど危険な状態にあるのだ。

 同じ島を二分する形で、ハイチの東側に位置するドミニカ共和国は比較的、治安が安定している。ドミニカは元スペイン領、ハイチは元フランス領と、ともに植民地支配を受けた歴史を持ち、独立後も独裁政権が続くなど共通点は多い。だが、現在はまったく異なる様相を呈している。

 なぜギャングが幅を利かせることになったのか。それは戦後、ブードゥー教を自らの権威に取り入れるなど滅茶苦茶な独裁を敷いたデュバリエ親子の支配が30年近く続いたことが一因である。そもそも極度に腐敗していたデュバリエ政権が国内を支配するために、犯罪者を民兵として使ったことから犯罪グループの力が強大化していった。87年にいったん民主化したが、その後も軍事クーデターや内戦が繰り返され、政情は安定しなかった。ハイチでは現在に至るも6つの有力一族が国内の資産をほぼ寡占する状況で、それらの一族が私兵としてギャングを使うなど、まともな政権がほとんどないに等しい状況が長く続き、暴力が支配する社会が生まれたと言っていい。

 筆者は80年代後期、米国ニューヨーク市ブルックリン区の黒人エリアで暮らしたことがある。当時、同じ黒人系でも現地のアフリカ系ギャング団を新興のハイチ系ギャング団が駆逐するという現象が起きていた。〝兵隊〟の数こそ少なかったが、戦闘力がハンパない集団として、ハイチ系ギャング団は恐れられていた。

 ハイチの国内情勢に話を戻そう。04年に米軍主導の多国籍軍が展開して治安回復を行い、その後を国連PKOが受け継いで06年にやっと民主化政権が誕生した。だが、政権は脃弱で、麻薬ギャングが暗躍するようになる。10年には未曾有の大地震が発生し、略奪行為の蔓延で国内は再び荒廃していく。17年に国連PKO活動が撤退すると、治安がきわめて悪化。21年にはジョブネル・モイーズ大統領が自宅で武装グループに殺害される事件が発生する。犯行集団はコロンビア人や米国人の傭兵で、国内の有力政治家アリエル・アンリの関与が疑われた。

 アンリはその後、首相兼暫定大統領となり、やはり独裁者となる。ただし、その政治権力は弱く、ギャングの力のほうが強大化していく。23年頃には首都の9割をギャングが支配。ついに24年2月には警察部隊とギャングの全面戦争が勃発し、大統領官邸がギャングに襲撃されるなどの大混乱に陥る。同4月にはアンリ政権は崩壊し、ギャングが脃弱な後継政権を凌駕して国内を牛耳る状況となって、現在に至っている。

 ハイチのギャングはもともと独裁者の私兵として成長してきたが、10年の大地震で転機を迎えていた。略奪が横行し、治安が完全崩壊する中で、旧来のギャングを新興ギャングが放逐したのだ。この新興勢力は暴力的な抗争を繰り広げながら、勢力を拡大する。とくにPKO撤退後、重機関銃や携帯ロケット砲などで武装し、民兵化していく。やがて大きな2つの勢力が台頭した。「G9同盟」と「G-Pep」である。

 現在、最大組織はG9同盟で、首都の8割を縄張りとしている。率いるのはジミー・シェリジエ(通称=バーベキュー)だ。なんと元警察官という経歴の持ち主だというから驚きだ。

 現在47歳のバーベキューは、首都のスラム街育ち。成人後、ハイチ国家警察に入り、特殊部隊「治安秩序部隊」に所属した。同部隊は独裁政権の私兵として対抗勢力の殺害などを任務としていた。その暴力的任務が行き過ぎたのか、バーベキューは警察特殊部隊に籍を置きながら、地元ギャングのリーダーという二足のワラジを履く。略奪目的の住民虐殺を繰り返し、18年に警察を解雇される。その間、虐殺を指揮して数十人を殺害している。

 フルタイムのギャングとなったバーベキューはさらに犯罪行為に邁進。20年に有力なギャング組織をまとめて「G9同盟」を発足させる。この組織の主力は元警察官で、中には元SWAT隊員で構成された傘下組織まである。一方で、腐敗した元政治権力者との関係も深い。いくつもの監獄で大規模な脱走騒動を起こし、多数の脱獄囚を戦闘員として吸収している。

 とにかく、その手法は残忍で、狙いをつけた地域をまるごと虐殺するような凄惨な事件を何度も起こしている。バーベキューという通称は、本人は否定しているものの、その虐殺時に人間を丸焼きにしたからだと噂されている。

 政治権力が実質的に崩壊している現在、バーベキューは政治指導者を気取り、武装革命家を自称し、迷彩服姿でしばしばメディアに登場している。もっとも、バーベキューは最凶ギャングのボスといえども、ハイチ全土を掌握しているわけではない。ハイチには現在、約200ものギャング組織があり、抗争相手もいる。その最大のライバルが前述したG‐Pepだ。もともとG9同盟の対抗組織として誕生したもので、ハイチの有力資本家との繫がりが強く、カネの力で犯罪者集団を吸収して勢力を広げている。22年にはG9同盟との大抗争が勃発し、首都の路上を血に染めた。

 現在、首都の主導権はバーベキュー率いるG9同盟が確保しているが、隣国のドミニカの犯罪組織と関係の深いG-Pep はハイチ東部に強い勢力を持つ。今後も激しい抗争は必至と見られ、近い将来、バーベキュー自身がバーベキューになる可能性も充分にある。

黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)

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