一時は絶大な人気を誇った駅弁が、岐路に立たされている。米原駅で「湖北のおはなし」など駅弁の販売を行ってきた老舗の弁当店「井筒屋」が、今年3月20日で駅弁事業から撤退すると発表したのだ。理由は米原が交通の要衝ではなくなり、駅弁販売業者としての役割を十分に果たせたから、としている。さらに撤退発表のリリースでは、駅弁業界に次のような厳しい意見を投げかけている。
〈昨今の食文化は娯楽化がもてはやされ、誤った日本食文化の拡散、さらには食の工業製品化が一層加速し、手拵えの文化も影を潜めつつあります。そのような環境に井筒屋のDNAを受け継いだ駅弁を残すべきではないと判断致しました〉
1966年から京王百貨店新宿店が開催している「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」は今年、規模を縮小した。同イベントは日本各地で開催される駅弁大会の代表格であり、「駅弁の甲子園」として毎年、多くの駅弁ファンが集まる。しかし今年は規模を縮小したことで訪れる人は少なく、以前のような混雑はない。
どちらも駅弁の凋落を感じさせる出来事だ。あんなにも人気だった駅弁がなぜ、こんなことになってしまったのか。駅弁に造詣の深い食品アナリストは、こう分析するのだ。
「駅弁は地方の弁当製造会社が、地元の食材や料理を生かして作っていました。それぞれ独自のもので、似た弁当はなかったんです。ところがJR東日本の関連会社が運営する駅弁店が東京駅など主要な駅にオープンし、新たな駅弁を次々と販売するようになりました。どれも似たような弁当であり、個性が失われていった。そんな駅弁に消費者が飽きたと考えています」
井筒屋の「誤った食文化の拡散」「食の工業製品化」はそのことを指摘しているように思える。
理由はもうひとつ。価格の高騰だ。JR北海道の森駅で販売されている名物駅弁「いかめし」(写真)は、かつてワンコインで買えたが、今は990円(京王駅弁大会での価格)で販売されている。
京王の駅弁大会で今年販売されている商品を見ると、1000円代のものは少なく、多くは2000円代。中には3000円を超えるものもある。
「駅弁に3000円近くのお金を払うのをためらう人は多い。そんな金額を出すなら駅弁を買うのではなく、旅行先の名物料理を食べた方がいい、と考え方を変えるわけです。値上がりを抑えることは、今の社会情勢を踏まえると難しく、今後もこの問題は続くでしょう」(前出・食品アナリスト)
庶民は車中のささやかな楽しみすら味わうことができないとは、なんとも寂しい時代になったものである。
(海野久泰)