そうして〈僕〉が自分を見失いかけている頃、神谷から真樹に男ができたことを告げられる。実は真樹は働いていた店の客の男に告白され続け、恋愛感情を抱いてしまったのだ。ふだんと違い、無理に笑い続ける神谷。真樹の家に荷物を引き取りに行かねばならないが、すでに男が住む家に「一人で行くのが怖い」と訴える。さらに神谷は平常心を保つために、家に同行して自分の隣でズボンを膨らませて勃たせ続けてくれ、と頼む。そして〈僕〉はそれをやり遂げるのだった。
それでも、真樹と別れた喪失感から、どんどん落ちていく神谷。消費者金融に寄ってから〈僕〉と食事し、居酒屋で他人の会計を払ったりした。そんな折、〈僕〉は神谷の相方の大林から、神谷の借金が途方もない額だと告げられる。
2人が出会って8年がたった頃、スパークスは注目の若手としてブレイクの兆しが見え始めた。一方の神谷は相変わらず周囲に媚びず、自分の笑わせ方を全力で追求し続けていた。
観客の笑いを取れるようになった〈僕〉がみずからの渾身ネタを神谷に見せるが、神谷は笑わず、〈僕〉は、己の限界を知る。
そして芸人生活10年目、〈僕〉は、相方の結婚を機に芸人人生に終止符を打つことを決意。解散ライブで、芸人生活の思いを込めた漫才を披露すると、ついに神谷は泣いた。初めてほめてもらった〈僕〉は、長い回り道の終わりに自分の人生を得たと実感する。
1年後、新生活を始めた〈僕〉の前に借金取りから追われ失踪していた神谷が現れる。そこには豊胸手術でFカップになった彼がいた。「男が巨乳ならおもしろい」その一心でシリコン注入した神谷の、純粋に笑いを追い求めた末路に〈僕〉はむせび泣くのだった。
そして2人は神谷の誕生日祝に出会いの地・熱海に旅行する。現地で開催される素人参加型のお笑い大会の告知を見て、露天風呂でネタ作りに入る神谷。伝記作成のために書きためたノートを記しながら〈僕〉は、終わったと思っていたお笑いの道が道半ばであると知る。
「おい、とんでもない漫才思いついたぞ」
神谷は全裸のまま垂直に何度も飛び跳ね、美巨乳を揺らし続けていた──。
この、「お笑い芸人初の芥川賞作家」の受賞作について、文芸批評家でもある早稲田大学教授・渡部直己氏は「1920年代の中の下くらいの小説」と、バッサリこう切り捨てる。
「現代では古びて陳腐とも評される擬人法で物語を始めている。これを今、大真面目で書いているなら『私は何も知らないです』と言っているようなもの。彼の純文学への思い入れの強さが、文章からにじみ出ているだけで可能性は感じません。学生の作文にちょっと毛が生えた程度です。ここ数年、受賞作に簡単には読めない難しいものが相次いだので、今回はわかりやすい彼の作品が選ばれたのではないでしょうか」
作家・又吉が、今後も「花火」のごとくヒット作を次々と発表し続けるか、文字どおり「打ち上げ火花」で終わるか、本を買わずとも見えてきただろうか──。