牝馬が強い重賞、荒れるハンデ戦、新馬戦──。夏のローカル競馬の魅力はさまざまあるが、馬名ゆえの爆笑レース実況もその一つ。今年デビューの2歳馬にも、レースぶりより気になる面々があちこちにいるのだが‥‥。
「オマワリサンが逃げる展開。800を切って、3馬身リードを取っています。(中略)逃げる逃げる、オマワリサン。リードは3馬身。オマワリサン、逃げ切ってゴールイン!」
これはかつて東京競馬場で繰り広げられたレースの実況中継である。まんまと逃げ切ったのはドロボーではなく、捕まえるほうのオマワリサンだった──。
騎手は真剣に騎乗しているのに、どうしても笑ってしまう冗談のような実況。そういえば、モチという馬が先行したレースでは「モチが粘っている。モチ、粘る粘る!」という、ハマリすぎたものもあったっけ‥‥。そして今年の新馬登録を見るとやはり、これは本当に馬なのか、という若駒の顔ぶれが。
7月10日の中京5R、新馬戦。1枠で出走したのはシゲルギンギツネだった。
「馬主である実業家の森中蕃氏が自分の名前を冠名にしたシリーズものです。その年ごとにテーマがあり、今年デビューする馬には動物の名前がついている。シゲルツキノワグマ、シゲルイノシシ、シゲルドラネコ、といった感じです。以前は役職シリーズの年もあり、シゲルジュウヤク、シゲルヒラシャイン、シゲルマドギワゾクなど。今の3歳馬はシゲルカンパチ、シゲルサバなど魚シリーズです」(競馬ライター)
これからデビュー戦を迎える面々を見ても、ビックリシタナモー、トラネコ、カツオブシ、キットダイジョウブ、ネコドリーム‥‥と多士済々のトンデモ馬名が。いったい何の集団なのかわからなくなるほどで、実況中継が楽しみである。
さて7月9日、中京1Rの2歳未勝利戦では、
「その外からジワッジワッとイイコトバカリ。シゲルベンガルトラ、ムチを振るって迫ってきた!」
ムチとともに猛獣に接近されてはひとたまりもないが、イイコトバカリは6月19日のデビュー戦を11着で惨敗。この日も6着と、いいところはまだ何もない状態である。
レース中にどこからか電話がかかってきたのかと思ったのは、6月25日の東京7R。モシモシと言われるとつい、「はい、もしもし」と口から出そうになる。4月30日の新潟8Rでは、こんな実況が展開された。
「いちばん外からは9番のモシモシ、突っ込んできた。外からモシモシ!」
外出先から会社に電話があったのか、とツッコミを入れた人がいたとかいなかったとか‥‥。
先のイイコトバカリ、そしてこのモシモシの馬主である実業家・小田切有一氏は、珍馬名オーナーとして、競馬界では有名人。現在の所有馬を見ても、ショウジキモノ、ネガエバカナイソウ、ワラッチャオ、コリャコリャ、ニャントカナル、メダカハドコヘ、ゴマスリオトコ、オイカケマショウ、ピンポン‥‥。7月10日の函館10Rに出走したジンセイハオマツリは7着。前走、前々走も8着、7着と低迷しており、馬名とは逆の気分だろう。ちなみにこの馬の父はオレハマッテルゼ、母はキマグレである。
前出・競馬ライターが、“珍・迷・馬名”に秘められた内情を明かす。
「原則的に、反社会的なもの、実在した名馬と同じもの、企業などの宣伝はダメ、といった決まりはありますが、特定の冠名がない馬主は、馬名をつけるのが特に大変だといいます。現在、JRAに登録されているのは約7800頭。珍名はおもしろいアイデアである一方、逆に普通の名前がつけづらいほど、もうさまざまなパターンが出尽くしているということもある。馬主が最も苦労するのが馬名をつけることであり、同時に最も楽しみなことでもあるわけです」
生みの苦しみゆえに、珍・迷・実況もまた楽し──。ここはひとつ、素直にワラッチャオ‥‥。