甲子園には“魔物”が棲むと言われる。この魔物は劇的なドラマや展開を好み、ひとたびヤツが姿を現すと勝利目前のチームは悪夢のような混乱に見舞われ、観客までその手先になってしまうという、実にやっかいな存在だ。その魔物が決勝戦の9回、あとアウト一つというところで姿を現したのがこの試合である。
09年夏の選手権決勝戦。勝ち上がってきたのはエースで4番の堂林翔太(現・広島)がチームの大黒柱の中京大中京(愛知)と、全員野球のチームバッティングが持ち味の日本文理(新潟)だった。
試合は1回裏に4番堂林の2ランで中京大中京が先制。だが、日本文理もすかさず反撃し、序盤の5回を終わって2-2の同点。だが、6回裏に中京大中京は再び堂林に2点タイムリーが飛び出すなど、一挙6点を勝ち越し。試合は8回を終わって10-4。観ている誰もが、名門・中京大中京の43年ぶりの夏の優勝を信じて疑わない状況となった。
そして、日本文理の最後の攻撃を迎えることになる。
この回、中京大中京は6回途中からライトへ回っていた堂林を再びマウンドへ上げた。エースで4番、チームを牽引してきた堂林に対する監督の温情だった。その思いに応え、堂林は簡単に2アウトを取る。日本一まではあとわずか1人。だが、ここから思いもかけないドラマの幕が開くのである。
最後の打者を2ストライクと追い込んだものの、そこから粘られて四球。次打者には左中間へのタイムリー二塁打。さらにライト線へのタイムリー三塁打と続き、これで10-6。それでも次打者が三塁へファウルフライを打ち上げ、これで万事休すと思われたが、なんと三塁手の河合完治がボールを見失ってしまう。結局、この打者に死球を与えたところで、無念の投手交代。堂林は再びライトへ回り、この回から一塁に回っていた2年生の森本隼平にあとアウト一つを託したのだが‥‥。
しかし、突如ストッパーを任された森本には酷な状況だった。いきなり四球を出してしまい、2死満塁とさらにピンチが拡大してしまう。そして迎える打者は、日本文理のエース・伊藤直輝。この時すでに球場全体が異様な雰囲気に包まれていた。なんと、魔物に魅入られた4万人以上の大観衆から伊藤コールが沸き起こったのだ。すると、伊藤が放った打球はレフト前への2点タイムリー、さらに続く代打の石塚雅俊までもが初球をレフト前に弾き返し、ついにスコアは10-9の1点差となってしまう。
この回、2死から5点を奪い取った日本文理。なおも一、三塁と一打同点、長打が出れば逆転のチャンス。そして打席には、この回2度目の打席となる若林尚希。球場全体から怒とうの若林コールが鳴り響くなか、森本の2球目を捕らえた若林の打球は、まさに「カキーン!」というこれ以上ない快音とともに三塁方向へ。日本文理ナインも観客も、そして中京ナインも「抜けた!」と思った痛烈なライナーは次の瞬間、ファウルフライを落球した三塁手の河合のグラブでガッチリ掴み取られていたのだ。
優勝目前でマウンドを降りたエースの堂林は、優勝決定後のインタビューではまるで敗者のように「すみません」と悔し涙を流していた。この決勝戦での異様な体験が“プロでは野手一本”という決意を後押しさせるきっかけとなったのは間違いない。
(高校野球評論家・上杉純也)