「天国の駅」における吉永は、戦争で不能になった夫に満たされず、そっと指を股間に忍ばせ、切ない息を漏らす。今までの吉永と一線を画す生々しさだ。
さらにその瞬間を若い警官(三浦友和)にのぞき見されたことから、事態が劇的に変化する。三浦が演じた小悪党の警官もイメージを大きく変えるものであり、早坂は「こういう役がやりたかった」との三浦の言葉を聞いている。
監督の出目は、新たな役に対してひたむきな吉永に感服した。台本の段階から役作りに対して十分に話し合い、撮影は何ら支障なく進んだ。
ラストに自分の唇に紅を塗り、看守に「私、きれいですか?」と尋ね、そして処刑場へ向かう。目隠しをしようとする看守に対し、毅然とした態度で断り、そして“天国への階段”を昇ってゆく─。
吉永はこの作品で初めて「日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞」を射止め、以降、歴代1位の4度の受賞につながっていった。
吉永は翌85年の「夢千代日記」を挟み、出目とは86年の「玄海つれづれ節」(東映)で再び組んだ。八代亜紀とのコンビで、失踪した夫(岡田裕介)を故郷の北九州に探しに行くというストーリー。ここで吉永はスポーツ紙で「断髪!」と騒がれるほど髪を短く切り、劇中ではソープに売り飛ばされるという初の役どころも経験している。
出目は、この作品にも吉永が嬉々として臨んだと明かす。
「ソープ嬢というのも、髪をボーイッシュにするのも、すごく乗り気でしたね。CMなどではしっとりしたイメージだけど、実際はスポーティな人。そんな一面は、あの映画で初めて出せたんじゃないかと思ってます」
ただし、次々と新しい役に挑んだあの時期だから実現したと出目は言う。その10年後、岩下志麻との共演が話題となった「霧の子午線」(東映)では、吉永本来のけなげに生きる女に戻っている。
脚本家の早坂は常にハードな水泳をこなす吉永に、ぜひ描いてみたいシナリオがあるという。ヒントはアメリカで69年に公開された「泳ぐひと」という一篇。
「アメリカの高級住宅地で、各家庭のプールを渡り泳いで家に帰りながら、アメリカ社会の断面を浮き彫りにする風刺作品。これの日本版をやるなら、年齢を感じさせないほど泳ぎ込んでいる吉永さんしかいない。日本の『泳ぐ女』は、そこから社会をどう見るんだろうかと思うんです」
近年は反戦・反核がライフワークの吉永だが、映画では今まで一度もやったことのない「社会派」という扉である。