昔に比べて子供の虫歯が減っているのはご存じでしょうか。お菓子を食べさせない親が増え、フッ素入り歯磨きも登場したことで患者は激減したのですが、むしろ中年以降に歯周病に気をつけねばならない世代と言えます。
虫歯は歯をむしばんでいきますが、歯周病は歯ぐきなどの組織が壊され、最後には歯が抜け落ちる病気です。昔は歯周病は歯の病気であり、内科や外科は一切無関係と思われていました。ところが、人工血管手術で取り出した古い血管を研究したところ、全身の血管に歯周病菌が潜んでいることがわかりました。
口の中の細菌は、歯を磨く人でも1000億個、あまり磨かない人ではその5倍、ほとんど磨かないと10倍にも上ると言われています。中でも口内の細菌のうち、注目されているのが「レッドコンプレックス」と呼ばれている3種類の歯周病菌です。これは、口腔ケアを怠ると活発になり、歯ぐきから体内に侵入して全身に回り、体内の血管の壁に住み着くと、その部分の動脈硬化を進めるのです。
動脈はもともと軟らかいものですが、血管に内側から高い圧力がかかり続けることで、血管の壁が伸びて動脈瘤を形成します。この時、血管は壁を硬くすることで抵抗するのですが、硬くなった血管がプラークという塊となります。この塊が血液を流れにくくさせ、耐えきれずに破裂すると突然死につながる場合もあります。
つまり、歯槽膿漏を作るだけだと思われていた歯周病菌が、血管や脳、心臓、肝臓などの臓器に悪影響を及ぼし、さまざまな病気を引き起こしているわけです。では、ここで問題です。歯周病の患者が罹患すると怖いのは、糖尿病と認知症のどちらでしょうか。
歯周病が重症化すると血糖コントロールが利かなくなり、糖尿病にかかりやすくなります。歯周病自体をより重症化させるのも糖尿病であるなど、両者は悪循環をもたらす負の連鎖関係にもあります。つまり糖尿病は「大病のスタート」であり、その先にいくつもの合併症が待ち受けています。
歯周病菌による合併症はさまざまです。心臓の血管に入れば心筋梗塞、脳の血管に入ると脳梗塞を招きます。レッドコンプレックスの侵入経路により、狭心症や脳卒中、くも膜下出血、大動脈瘤などの大病にも結びつきます。
そんな合併症の一つに、「脳血管性認知症」という病気があります。脳の血管が徐々に詰まって脳の神経細胞にダメージを与えた結果、認知症になることがわかってきたのです。この病気は、脳出血や脳梗塞を起こしたあとに発症しやすく、手足のマヒや感覚障害、記憶障害、言語障害などを引き起こします。症状が進むと言葉が話せなくなり、食事さえままならなくなります。アルツハイマー型の認知症とは異なり、男性患者が多いことも特徴です。
自分で何もできず家族に迷惑をかける、という意味で、糖尿病以上に怖い病気だと言えるでしょう。
高血圧や中性脂肪が高い人は、動脈硬化を予防するためにも歯周病の治療が欠かせません。動脈硬化と診断された人や、脳梗塞や心筋梗塞を起こしたことがある人は、虫歯ではなく歯ぐきのケアをすることです。朝と夜に隅々まで歯磨きをして、歯と歯の間は糸ようじでケアしてください。マウスウォッシュをすれば口臭も減るので一石二鳥です。定期的に歯科を受診するのもおすすめします。
口腔ケアも大切ですが、それ以上に重要なのは生活習慣の改善です。歯周病菌などの病原菌への抵抗力を低下させるタバコをやめ、野菜などビタミンの豊富な食生活にして、食べ物をよくかむこと。高血圧や糖尿病と同じく、歯周病も現代の生活習慣病なのです。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。