今や大勢の外国人騎手が来日し、重賞などで好成績を収めていることもスター騎手が誕生しない大きな要因と言われるが、武のデビュー当時、競馬界には昔ながらの空気が残っていた。
「『オレが勝たせてやる』といった職人気質の騎手の中で、武君は『多く勝つためには強い馬に騎乗せねばならない。強い馬に乗るためには競馬サークルで好かれねばならない』と、気がついていたと思う」(丹下氏)
人間関係が濃い競馬界ゆえ、騎乗者を決定する馬主や厩舎サイドに嫌われたら馬は回ってこない。
「横山典弘は状態の悪い馬を無理に追わないので、時にファンから文句を言われることもあります。また、言いたいことを言う藤田伸二は“わかる人だけわかってくれればいい”という姿勢が一部の反感を買い、騎乗数の減少を招いている。そんな藤田の態度を『やめとけ』と制しているのも豊さんです」(記者)
騎手仲間からの人望も厚い。例えば石橋守(現・調教師)からお手馬のメイショウサムソンを奪う形になった07年天皇賞(秋)の直前、石橋は惜しみなく武豊に同馬の癖をレクチャーしているが、それも、石橋がサムソンで皐月賞を勝った時、自分のことのように喜んでくれたからこそだ。
また、若手の面倒見のよさも知れ渡るところで、夏の小倉などでは「若い騎手の酒は全部、僕にツケておいて」と、一開催でウン百万と支払っているという。
10年4月には騎手会長に就任。競馬界の顔を自覚し、みずから広告塔の役割を果たしているが、武豊の「コメント力」も、ファンを喜ばせる武器の一つだ。
壇上に騎手が勢ぞろいした昨年の有馬記念フェスティバルで、マイクを向けられた武豊はこう語った。
「有馬記念にはステキな緊張感を持って臨めそうです。中でも(オルフェーヴル騎乗の)池添君はもっと緊張していると思います」
会場が爆笑の渦に包まれたことは言うまでもない。
他にも、キズナで制したダービーでは「僕は帰って来ました!」とお立ち台で叫び、GI100勝を達成した際は「明日から101勝目を目指して頑張ります」など、メディアが飛びつきやすいコメントを即座に放つことができる。
「昨日フランスで乗っていたのに今日は浦和、明日は結婚式と忙しい中、時間が許すかぎり取材を受け、非常に気の利いたコメントをします。騎手は馬の状態を関係者やファンに説明しますが、彼が雄弁だからこそ関係者も馬作りの方向性が鮮明になり、同時にファンもキャラをつかみやすくなります」(島田氏)
タイプは違うが、一昔前の後藤浩輝は、勝利インタビューで「神風」のハチマキを巻いたり、おでこにマジックで「そよ風」と書くなど、エンターテイナーぶりを披露していた。落馬負傷から完全復帰した今年の活躍が楽しみではある。
記録だけで見れば、三浦皇成がデビューした08年に91勝をマーク、それまで武豊が持っていた69勝を大きく上回り“武豊2世”ともてはやされた。
「ですが、翌年は78勝、その次は46勝と一気に勝ち数が減った。“バックアップ”してくれた師匠が反対した結婚問題で、恩を仇で返したと見られたのが大きかったですね。実際、騎乗数も3割近く減りましたからね」(記者)
こうして検証してみると、新たなスター候補が見当たらない。前出・島田氏も武豊に次ぐ「競馬界の顔」が出ないことを危惧する。
「彼は60歳まで乗ると言っていますが、それでもあと15年です。シャダイカグラやオグリキャップのように、彼のキーワードは“驚き”でしたが、競馬で驚かせてくれる若い騎手が出てこないのは、実に大きな問題だと思います」
レースだけではない。これからの若手騎手には「人間・武豊」に勝つことこそが命題となるはずだ。