この時、漫才をやりながらも、〈おや?〉と思ったことがありました。それは殿のネタの“聞き方”です。
説明します。殿は、わたくしたちが一礼すると、すぐ、わたくしたちから見て、斜め左の位置に移動し、なるべくこちらの目線に入らない位置に席を移動させ、座り直したのです。次に、漫才がスタートすると、殿は終始下を向き、けしてこちらを見ようとせず、結局最後まで一度も、こちらを認めることがなかったのです。
そう言えば、以前、これと同じようなことがありました。
とある番組で、芸人さんたちが順番にネタを披露され、それをスタジオに入れた、お客さんと同じ観覧席で殿や司会者の方がネタを見るといったコーナーがあったのですが、殿は収録前、ディレクターを呼び、
「これはダメだよ。芸人さんが出てきて客席に俺たちが座ってたら、気が散ってやりづらくてしょうがないだろ」
そう告げると、やはり演者の芸人さんの目線に入らない位置にモニターとイスを用意させ、本番はそこからネタを鑑賞されたのです。
話をネタ見せに戻しましょう。漫才を静かに聴き終えた殿は、
「あれだな。ボケる時よ、もっとわかりやすくやったほうがいいんじゃねーか。言ってることはわかるけど、もっとボケましたって感じでよ‥‥」
と、ネタの質やセンスでなく、客への見せ方をまずはアドバイスされたのです。そして、ゆっくり立ち上がると、ボケ担当の小林に、
「ちょっとどいてみ‥‥」
と小声で告げ、わたくしの右側に立ち、
「お前、ネタ振ってみろよ」
と、指示を出され、明らかにパニックになりながらもネタを振ると、殿は先程、わたくたちが披露したネタに沿った、たけし流のボケを炸裂されたのです。弟子入り2年目にしていきなりの殿との漫才。あれにはびっくらこいた!
で、殿の一発目のボケが繰り出された瞬間、一瞬ツッコミが出遅れたわたくしは、〈ツッコまなくては!〉と焦った結果、余計な力が入り、殿の後頭部を“掌底”気味に思いっきりはたいてしまったのです。が、殿はそんなツッコミをもろともせず、漫才を続け、その後、2ネタ程ボケると、
「まーこんな感じか」
と、“あくまで俺の意見だけどな”といった感じで、漫才を終わらせました。そして、席に戻った殿は、再度、お茶を飲みだすと、ややあってから、
「あと、お前、もう少し力抜いてツッコめよ。あれじゃ、いつか相方の首が取れちゃうぞ」
と、実に的確なアドバイスをされたのでした。