鳥肌ものの名シーンだった。3月15日、WBC準々決勝のオーストラリアVSキューバ戦。日本と1次ラウンドB組最終戦で対戦したオーストラリアの4番ダリル・ジョージが3対4と1点ビハインドで迎えた9回二死走者なしの、最後の打席。東京ドームに「レッツゴー・ジョージ!」のコールが地鳴りのように響いたのだ。
「レッツゴー・ジョージ」が広まったのは、3月12日の日本戦。オーストラリア代表の1番打者ティム・ケネリー外野手の長女フローレンスちゃん(3歳)が、父親や主軸のジョージ選手を「レッツゴー、ティミー」「レッツゴー、ジョージ」と応援する姿がSNSにアップされるや、瞬く間にトレンドのトップ10入り。キューバ戦でもフローレンスちゃんの応援動画がアップされ、ほぼ「ライブ中継」状態になった。東京ドームを訪れた3万5000人の観客が、フローレンスちゃんの健気な声援に応えたのだ。
豪州メディアも大絶賛した、日本の「お・も・て・な・し精神」。ここで思い起こされるのが、無観客で開催された2021年の東京五輪だ。
当時、コロナ医療に従事していた筆者も、東京五輪の無観客はやむを得ないと諦観していた。2021年7月、世界中でデルタ株が蔓延した。
デルタ株の特徴は「急激な体調悪化」「回復が遅い」「感染力が強い」というフレコミだった。一部の医師と看護師が騒いでいるため、筆者も身構えたものの、いざデルタの患者が担ぎ込まれると、もともと重篤な持病のある中高年が体調悪化するにすぎなかった。
陽性患者の高熱が下がるまでに1週間を要し、灼けるような喉の痛みと倦怠感はあるものの、テレビや新聞が報じたような、バタバタと人が亡くなる地獄絵図はどこにもなかった。
その後の厚労省の統計によると、2021年7月期の死亡率は、わずか0.15%、18歳以下の死者はゼロだ。「医療が崩壊して若い人が死んでいる」と大騒ぎしたにもかかわらず、30歳以下の死者は結局、1人にとどまった。
死亡者の7割を65歳以上の持病がある高齢者が占め、感染力も1.3倍と「デルタ株の脅威」は見事な空振りに終わったのである。
結果論として、チューブに繋がれた寝たきり老人から赤ん坊までひっくるめた、デルタ陽性患者1000人のうち1人が死ぬ程度の確率であるなら、東京オリンピック、パラリンピックは有観客にしてよかったのではないか。
世界中の人々が新型コロナウイルスで孤立を深める中で、もし東京五輪を有観客試合にし、「レッツゴー・ジョージ」のような、世界をひとつにする感動的なシーンがあったなら、世界中の人の心が救われた。
もしかすると、その後のロシアによるウクライナ侵攻も、日本の小中高生の自死者数が過去最高になることもなかったのではないかと思うのだ。
終わってみれば大したことがなかったデルタ株を、無駄かつ根拠なく恐れた自分を猛省している。もう、人命を盾に金儲けする医師の詭弁には騙されない。
(那須優子/医療ジャーナリスト)