東大寺や法隆寺など多くの国宝や世界遺産が残る奈良県。1300年の歴史を誇る“宝物”とは何か―。奈良国立博物館・名誉館員の西山厚氏が、大仏の秘話、廃仏毀釈の真相など、知られざる“奈良学”を語り尽くす。
名越 今日は奈良県の魅力をお聞きするのを楽しみにして来ました。この本は、毎日新聞の奈良版に連載された人気エッセーの単行本化で、これが第3弾ですね。優しい語り口調の文章がとても心地よかったです。
西山 ありがとうございます。
名越 奈良には日帰りで2回しか行ったことがないのですが、西山さんから見た魅力を簡単に教えてください。
西山 奈良は歴史が古い。そして1300年前とあまり変わっていません(笑)。東大寺に行けば聖武天皇が歩いた道を、法隆寺に行けば聖徳太子が歩いた道を、自分も歩ける。時間が重なっている。そんな場所は、奈良しかありません。
名越 お隣の京都も歴史がある街ですが、奈良との違いは?
西山 私は大学に入ってから14年間、京都で暮らしましたが、その頃は奈良に興味がありませんでした。多分、京都の人は皆そうだと思います。奈良に来て初めてわかったのは、京都には古いものがない。
名越 それはなかなか挑戦的な発言ですね(笑)。
西山 都は最先端でなければなりません。常に変化が求められます。京都は、1000年間、新しく更新され続けました。しかし明治になって都が東京に移り、変わる必要がなくなった。
名越 京都に残っているのは、安土桃山から江戸の文化ということですね。
西山 その通りです。奈良も都だった時は、最先端の場所でした。しかし都が京都に移ると変わる必要がなくなり、奈良時代の文化がそのまま残った。幸いに奈良時代こそ最高のものを生み出した時代だったので、奈良にはいいものがたくさん残っています。
名越 国宝も奈良が一番多いそうですね。
西山 仏像で言えば、飛鳥時代から奈良時代の国宝は43。そのうちの37が奈良にあります。東京にもひとつありますが、それは奈良で作られたもの(笑)。正倉院にある宝物もほとんどが国産品です。
名越 シルクロードを経由してもたらされた物も多いと思っていましたが、そうではないのですね。なぜ、奈良時代に素晴らしい物が生まれたのでしょう。
西山 奈良時代は、日本をよい国にしたいというエネルギーがとても高かった時代です。日本の青春時代。こういう時代には優れたものが生まれてきます。
名越 遣唐使も命がけで海外の文化を吸収しに行ったし、仏像や寺院も気合いが入っているわけですね。ただ、大仏などは権力者の権威の象徴ですから、権力者の力が大きかったことも関係ありませんか。
西山 大仏は権威の象徴ではありません。太陽のように、この世のすべての存在に、明かりと温もりをくれる仏様。それを大きな力やたくさんの富を使わずに、一本の草しか持って来られないような人たちの小さな力を集めて造る方針を採用しました。当時の記録によれば、大仏造りに関わった人は260万人。当時の人口はおよそ500万と推定されているので、まさに「オールジャパン」で造られた仏像です。聖武天皇には、身分の上下という概念がありませんでした。
ゲスト:西山厚(にしやま・あつし)奈良国立博物館名誉館員、東アジア仏教文化研究所代表、帝塚山大学客員教授、半蔵門ミュージアム名誉館長。徳島県鳴門市生まれの伊勢育ち。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館で学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。奈良と仏教をメインテーマとして、人物に焦点を当てながら様々なメディアで活動を続ける。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。