プロ通算2062安打で名球会入りした元中日・谷沢健一氏にとって、低めが伸びてくることで攻略に苦しんだ投手は、シーズン401奪三振のNPB記録を持つ江夏豊氏ではなく、巨人V9戦士・堀内恒夫氏だった。堀内氏のストレートの方が速かったというのだ。
堀内氏と谷沢氏は同学年。高校時代の対戦では、堀内氏はストレートしか投げなかった。それだけ自信を持っていた証なのだが、その堀内氏がプロ入り後、背丈ほどの高さから落ちてくるカーブと、膝丈から落ちる2種類のカーブを使い分けるようになった。プロでの対戦成績は、打率1割程度。
そんな谷沢氏に思いもよらぬ好機が訪れたのは、プロ3年目のシーズン中、たまさか食事の場で堀内氏と一緒になった時だった。野球解説者・大久保博元氏のYouTubeチャンネル〈デーブ大久保チャンネル〉で、谷沢氏が回想する。
「堀内は飲んで酔っ払った拍子にね、『谷沢、お前はね、膝のあたりから落ちるカーブを振ってる。あれは見逃せばボールなんだ。俺のカーブは頭のへんから来て落ちるだろ。この落ち際を打ったら、打てるよ』って。次の日に後楽園球場で堀内が先発でね、その落ち際を(ヒット)2本打ったの。1試合で5打数5安打打ったの、あの時が初めて」
谷沢氏が記憶するプロ3年目の1972年、堀内氏はキャリアハイとなる26勝(9敗)を挙げ、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀選手、さらに2回目となる沢村賞を獲得。長嶋茂雄、王貞治が揃って打率3割を切るなど打線不調の中、巨人がセ・リーグを制覇し、日本一に輝いたのは、堀内氏の活躍によるところが大きかった。堀内氏は日本シリーズでもMVPを獲得している。
谷沢氏から2安打され、マウンド上で首を傾げていたという堀内氏だが、なんとも「悪太郎」らしいエピソードである。泥酔のあまり、いらぬことを教えた記憶をなくしてしまっていたのか…。
(所ひで/ユーチューブライター)