思わず自分の耳と石破茂総理の人間性を疑う暴論だった。われわれが大病した時に治療費の自己負担額を抑える社会保障制度、高額療養費の負担引き上げをめぐり、2月21日の衆院予算委員会で、とんでもない言葉が飛び出したからだ。立憲民主党の酒井菜摘衆院議員に対する答弁で、石破総理は、
「人が死んでもいいとか、そんなことは夢さら思っておりません」
と前置きした上で、こう指摘したのである。
「一方で、せっかくですから申し上げておきますが『キムリア』という薬があって、1回で3000万円ですよね。有名な『オプジーボ』が年間に1000万円でございますが、1月で1000万以上の医療費がかかるケースが10年間で7倍になっているということは、これは保険の財政から考えて、なんとかしないと制度そのものがもちません」
具体的な薬剤名を挙げたわけだが、これの何が問題かというと、石破総理がやり玉にあげた「キムリア」は、日本では25歳以下のガン患者、幹細胞移植や他の抗ガン剤が効かなかった難治性白血病の子供と若者にのみ、健康保険治療が認められている特殊な抗ガン剤だから。
キムリアはCAR-T療法と呼ばれる再生医療等製品で、患者から採取した白血球を遺伝子操作、ガン細胞を駆逐する機能を備えた白血球(キムリア)を患者に戻すことでガン細胞を死滅させる、最先端の免疫療法だ。厳格な管理がなされ、遺伝子操作を必要とするため、条件に合う患者は少なく、医療機関も限られている。年間治療実績は全国で数百例(売上高から推定)。薬価3000万円でも25歳以下の若者や子供数百人が完治(寛解)し、命を取り留めるなら、けっして高い薬ではないだろう。
ところが日本の病院と医者は金儲け目当てで、高齢の白血病患者(60代から74歳まで)や外国人にもキムリアを投与している。ルール破りのCAR-T療法で無駄遣いされる老人医療費は、推定300億円にのぼる。愚鈍な石破総理は、この点のみを指摘するべきだった。
さらに「オブジーボ」は京都大学の本庶佑特別教授が発見し、小野薬品が商品化したもの。2018年にノーベル生理学医学賞を受賞した、日本が誇る抗ガン剤だ。2014年の使用開始時(約73万円)に比べると、現在の薬価は15万円と、8割引まで下がった。安価になったおかげで庶民が使えるようになり、医療費は増えた。しかし販売元の小野薬品は、厚労省に一方的に薬価を下げられ、オブジーボ開発予算を回収できない不条理を押し付けられている。
石破総理は最低のトップではあるが、白血病を患った子供と若者をやり玉にあげる答弁書、カンニングペーパーを書いた厚労省幹部はもっとひどい。
3000万円のキムリアが高額療養費制度で使えなければ、数百人の子供と若者は死ぬ。島根県の丸山達也知事が「治療を諦めろという、鬼のような改正案だ。提案されたというだけでも、国家的殺人未遂だ」と述べたのは当然だろう。
厚労省の外道ぶりは「キムリア発言」にとどまらない。この半年だけでも風邪の感染症5類化、厚生年金の取り崩し、外国人の国民健康保険加入、外国人の海外出産費用無償化、日本人の健康保険料値上げ、高額療養費の自己負担引き上げと、控えめに言っても日本人を殺しにかかっているとしか思えないのだ。
(那須優子/医療ジャーナリスト)