20世紀初頭に活躍したウクライナ出身の劇作家・小説家ミハイル・ブルガーコフの代表作といえば、かの長編小説「巨匠とマルガリータ」だ。現在、ロシアのサンクトペテルブルク市にある彼が暮らしていた家は、博物館として一般公開されているが、そんな博物館に「正職員」として籍を置く黒猫「ベゲモート」の誘拐事件があった。
ベゲモートは「巨匠とマルガリータ」に登場する、言葉を話す大きな黒猫だ。ブルガーコフ博物館に住みつき、自由に館内を歩き回ったり、中庭で日なたぼっこをしたり。そんな姿が来館者の間で評判になり、博物館はこの名物猫を「正職員」としてスタッフに迎えた。
ところが博物館職員から「ベゲモートが何者かに連れ去られた」との通報が入る。職員によれば、どこを探してもベゲモートの姿が見えず、来館者から「謎の女が猫を抱いて地下鉄駅に向かった」との連絡を受けた。すぐさま、捜査を依頼したのである。
するとこの騒ぎを聞きつけた地元テレビ局「Moskva-24」が「名物猫の誘拐事件発生!モスクワ中が騒然」と報道。国営テレビ「TV Centre」も「ブルガーコフ博物館の最も重要な一員の行方が分からなくなった」と大々的に報じ、モスクワじゅうで大捜索作戦が展開されることになったのである。
だが、事件はあっけない幕切れを迎えた。警察の捜索開始から数時間後、ベゲモートが博物館近くの劇場で発見されたのだ。大々的な報道で、連れ去った人物が怖気づいたのか…。
ただ、住所などの身元情報が記入された首輪は外されており、通行人によって発見された時、非常に怯えた様子だったという。
翌日、博物館はFacebookに〈みなさん、ありがとう。みなさんの助けがなかったら、悲劇的な結末を迎えていたかもしれません〉と投稿。ベゲモートには新しくGPS追跡機能付きの首輪を用意する、といったコメントが添えられていた。
ちなにみロシアでは、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館も、猫を正職員として雇っているが、仕事は「ネズミ退治」。専属の医者やスタイリストが就くベゲモートとの扱いとは、にゃんとも雲泥の差があるようだ。
(灯倫太郎)