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「オッペンハイマー」には辛辣なアメリカ批判が潜んでいた/大高宏雄の「映画一直線」

「原爆の父」を描き、今年前半の映画界の話題をさらった米映画「オッペンハイマー」。数々の報道はひと段落したとみていい。興行的には公開10日間で、興収11億円を記録した。

 アカデミー賞作品賞受賞、題材のインパクトの大きさ、米国での大ヒットなどを考慮しても、いささか物足りないと言える。昨今の洋画不振は、本作にも微妙な影響を与えているかもしれない。ただし、今年の洋画では最高の数字である。

 では結局、作品自体はどうだったのか。確かに原爆投下後の広島、長崎の描写はない。被爆者も描かれない。その議論は議論として、映画に即して見ていくと、ある強烈な視点が浮き上がってくるのが実感できた。

 まず、多くの人が登場する聴聞会や公聴会のシーンなどの展開(時制が頻繁に変わる)が複雑で、前半からイライラすることは言っておきたい。その点を押さえつつ、本作はやはり意義深かったと思う。

 核実験を挟んだあたりから、緊張感が一段と増幅されてくる。複雑さは相変わらずだが、ある政治家の権力に対する強欲さが、聴聞会などで露わになるにつれ「そういうことか」と思い始めた。

 本作には、かなり意識的で辛辣な米国批判が織り込まれているのである。直接的な批判というわけではない。描写の数々が重なり合っていく時、その視座がしだいにせり出してくるのだ。

 米国がナチスや共産主義といった「敵」に立ち向かう時、情け容赦のない獰猛な国家が姿を現す。国家ばかりではない。その矛先は、国民にも向けられた。例を挙げる。

 聴聞会や公聴会のシーンがしつこく描かれるのは、国家権力行使の象徴的な場との認識ゆえであろう。法にのっとっているかに見えて、その場では、権力が隅々にまで行き渡っている怖さがある。あらかじめ定まった結論ありきの茶番劇にも見えてくる。

 核実験の描写では、核拡散が広範囲に及ぶ可能性もあり、実験を危惧する関係者も出てくる。ところが、後戻りなどできはしない。実行あるのみだ。国家の意思が、すでに貫徹されているからである。実験後の様子を、多くの人がサングラスをかけて眺めるシーンなど、かなりグロテスクである。

 原爆投下に熱狂する米国民が、ある建物内で主人公を待つその過程で、足踏みをして床を打ち鳴らす。激烈な振動音は、国家の獰猛さと一つながりだと言っていい。

 主人公ロバート・オッペンハイマーの伝記映画にして、そこを突破していく卓越した作品の構造が素晴らしい。国家の獰猛さが、いくつものシーンで如実に顕在化する時、戦争の本質が露出してくる。本作は、そこを突いている。

 この作品が米国で大ヒットし、アカデミー賞で作品賞をとったことは非常に興味深い。皮肉ではなく、なかなか懐が深いと言えようか。日本映画に「オッペンハイマー」のような作品は今のところ、ない。

(大高宏雄)

映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2023年には32回目を迎えた。

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