1月20日、いよいよトランプ政権が始動したが、その直前の1月16日、トランプは新政権の「ハリウッド特使」としてシルベスター・スタローン、メル・ギブソン、ジョン・ボイドの3人を指名した。3人ともトランプ支持者の映画スターである。
もともとリベラル派が多い米国のエンターテインメント業界のセレブ界隈では、反トランプ派が主流だった。テイラー・スウィフト、レディ・ガガ、ジョージ・クルーニーなどのリベラル系だけでなく、共和党員でカリフォルニア州知事の経験もあるアーノルド・シュワルツェネッガーもトランプを強く批判していた。とはいえ、米国の有権者の約半分はトランプ支持だ。セレブの中にもトランプ支持者はいて、それがこの3人というわけだ。
もっとも、今回のハリウッド特使3人でも、そのスタンスには温度差がかなりある。昨年11月のトランプ邸でのパーティーに出席するなどの交流はあるものの、自分からはさほど積極的には政治的発言をしないスタローンはまだおとなしいほうだが、メル・ギブソンの政治的トンデモぶりは特筆に値する。彼はどこでどう間違えたのか、今や堂々たる反ワクチン活動家になっているのだ。
1月11日、そのメル・ギブソンが有名な陰謀論者とネット上で対談して意気投合し、大手製薬会社や米政府医学研究機関の〝陰謀〟を糾弾するトンデモぶりを開陳した。元ラジオパーソナリティで、有名ネットチャンネルの主宰者のアレックス・ジョーンズのライブXストリームに登場したのだ。この人物こそ、全米屈指の陰謀論界のスターだ。
アレックス・ジョーンズはテキサス州出身で、1974年生まれの50歳。高校卒業後に地元の視聴者参加のケーブルテレビで活動をはじめ、21 歳で地元の非営利ラジオ局のパーソナリティに転身。陰謀論を盛んに扇動するトークで人気を得た。特に、当時の地元の下院議員候補が出演したことをきっかけに、政界や著名人に人脈を広げた。
99年、24歳で自分のネットチャンネル「インフォウォーズ」を始めた。01年の9.11テロで「事件の黒幕は米政府だ」との陰謀論がバズり、いちやくネット陰謀論界の寵児になった。
他にも彼の主張は「反ワクチン」「飛行機雲は生物化学兵器をまいている証拠(=ケムトレイル陰謀論)」「ビル・ゲイツが世界を支配している」「ハリケーンは米国政府の気象兵器」「地球温暖化は炭素税を狙うデマ」など陰謀論のオンパレードだった。もっとも、彼は強烈な反リベラルの論調なので、反リベラル系のセレブに支持された。ジョーンズのネットチャンネル内のトークショーには、チャールトン・ヘストン(銃規制に反対する全米ライフル協会の会長を長く務めた)、チャック・ノリス、チャーリー・シーンなど、マッチョな肉体派ヒーロー系スターがしばしば登場した。15年には大統領選出馬直後のトランプも登場し、互いに友人と認め合う関係になった。
16年の大統領選では、ジョーンズはまだトランプが本命候補でなかった頃から、トランプ支持の目立つ街頭行動を行ってネットで拡散し、注目を集めた。彼のネットチャンネルでは、民主党上層部が児童買春をしているという「ピザゲート」陰謀論をはじめ、民主党を批判するQアノンの数々のフェイク情報をまき散らした。当時、噓でもネットで大量にばらまくと世論を牛耳れるということで「ポスト真実の時代が到来した」などと評されたが、ジョーンズはそのトップランナーだった。
第1期トランプ政権下の4年間、彼はますます陰謀論をまき散らし、さらに膨大な視聴者を獲得した。19年末からの世界的な新型コロナのパンデミックでも、生物兵器説などの陰謀論を拡散し、バズッた。ハーバード大学などによる新型コロナ関連のフェイク情報サイトの調査で、インフォウォーズはトップ5に入っている。
ジョーンズの手法は、よりトンデモ度の高い陰謀論をまき散らすことで自分のネットチャンネルに集客し、巨額の利益を上げるというものだった。極右系のトンデモ陰謀論によってネットで荒稼ぎするというビジネスにおいて、彼は世界で最も成功した先駆者のひとりだった。
ネットの広告費だけではない。彼のインフォウォーズは、インチキ商品の通信販売まで手がけた。例えばコロナ禍の時期には、政府当局に承認された治療薬と偽って未承認の薬剤を販売したほか、「コロナに効く」と称して歯磨き粉やクリームまで販売した。
そんなジョーンズが墓穴を掘ったのは、銃乱射事件に関するフェイク陰謀論だった。彼は12年のコネチカット州での小学校銃乱射事件や、18年のフロリダ州での高校銃乱射事件などを、銃規制推進派による自作自演だという陰謀論を拡散した。陰謀論の内容は「実際には事件の犠牲者は出ておらず、犠牲者とされているのはすべて政府に雇われた役者たちだ」というひどい噓だった。
それで彼は被害者遺族たちから訴訟を起こされる。複数の裁判の結果、22年に彼は遺族たちに合わせて約1500億円もの巨額の損害賠償の支払いが命じられた。フェイク情報でおそらく何十億円も稼いでいたと思われるジョーンズだが、さすがにそれだけの賠償金は支払えず、同年、自己破産を申請した。インフォウォーズは賠償金に充てるために競売に付された。
ジョーンズは他にもネットサービス各社から利用を拒否され、さすがにネット界から追放されたかに見えた。しかし、彼を救った人物がいた。今やトランプ政府要人となっているイーロン・マスクだ。23年12月、マスクの指示でジョーンズのXアカウントが復活する。彼はネットの陰謀論界隈では今でも大スターであり、今回の大統領選でもトランプ支持のネット活動を盛んに行った。その延長に今回のメル・ギブソンとの対談も実現した。
トランプの再登板で、おそらくジョーンズの陰謀論ビジネスも本格的に大復活を遂げる。米国ネット界はますますフェイク情報であふれることになるが、それが翻訳されて日本のネット界に〝輸入〟されることになるだろう。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)