2007年1月4日の東京ドームにおける両団体の35周年記念大会以降、新日本プロレスと全日本プロレスはそれぞれに新時代構築に向けて活動していたが、08年に再び交わる。
事の発端は、同年1.4東京ドームで棚橋弘至からIWGPヘビー級王座を奪取して2月にカート・アングルとの2代目&3代目ベルト統一戦に勝ち、3.30後楽園で棚橋のリベンジを退けた中邑真輔が「ひとまず敵は新日本にいないことになるんで、次は世界もしくは他団体の選手とベルトを懸けて戦ってみたい」と会社に要請したことだ。
新日本の菅林直樹社長はこの言葉を受けて全日本の4.9後楽園を視察。その場で武藤敬司にオファーを出したのである。
新日本在籍時代にIWGP王座に3度就いている武藤は「過去はもういいや。過去で俺に勝てる選手はいねぇんだから。新たなる歴史を創りたい」と快諾。4.27大阪で中邑を撃破して99年12月に天龍源一郎に明け渡して以来、8年4カ月ぶりに返り咲き。この年の3月に新調されたばかりの4代目となるIWGPベルトを初めて腰に巻いた。
その2日後の全日本4.29名古屋では、諏訪魔が佐々木健介から三冠ヘビー級王座を奪取したことで、5.11後楽園では武藤&諏訪魔の史上初のIWGP&三冠王者タッグが実現している。
新日本が至宝奪回を託したのは、ZERO1‒MAXとの対抗戦で存在感を発揮した中西学。99年の「G1クライマックス」で武藤を倒して優勝したこともある中西は、7.21札幌でアタックしたが、武藤はムーンサルト・プレスで初防衛に成功すると「ウチの8.31の両国国技館、新たな挑戦者募集中!」と全日本での防衛戦を明言。全日本の社長でもある武藤は、全日本のビジネスにつなげたのだ。
新日本は「G1クライマックス」優勝者を出陣させることを決定。全日本で初めてIWGPヘビー級戦が開催されることになった。
武藤の快進撃は続く。G1優勝者の後藤洋央紀を退けると、9.21神戸ワールド記念ホールでは、ヒールユニットGBHとして勢いに乗る真壁刀義のラフファイトに対抗して、奪い取ったチェーンを右膝に巻いてシャイニング・ウィザードを炸裂させると、ムーンサルト・プレスで3度目の防衛。
その1週間後の9.28横浜で別人格のグレート・ムタとして諏訪魔から三冠王座を強奪。武藤=IWGP王者、ムタ=三冠王者という2つの顔で、2大メジャーを同時戴冠という偉業を達成したのである。
10.14両国では前王者の中邑が背水の陣で挑んだが、武藤は一瞬の閃きのフランケンシュタイナーで返り討ち。いよいよ挑戦者がいなくなった新日本は、アメリカTNAに遠征中の棚橋に帰国を要請。これを受けて棚橋はアメリカの予定をキャンセルして年末シリーズから日本に舞い戻り、翌09年1.4東京ドームで挑戦することになった。
武藤は全日本11.3両国で鈴木みのる相手に三冠初防衛に成功。2大メジャー王者としての年越しが決まり、08年度プロレス大賞のMVPに選出された。
年が明けて09年1月4日の東京ドーム。武藤と棚橋が団体の威信をかけてIWGPを争うというのは1つの師弟ドラマでもあった。
棚橋は武藤の新日本時代の最後の付き人で、武藤は02年2月に全日本へ移籍する際に棚橋を誘っていた。しかし当時、キャリア3年にも満たない棚橋は「まだ新日本で何もやっていないので」と新日本に残ることを決意し、2人は袂を分かっていたのである。
再会は2年8カ月後の04年10.9両国。デビュー20周年を迎える武藤が棚橋のラブコールに応える形で新日本に参戦して西村修と組み、棚橋&中邑真輔と対戦。2日後の全日本10.11後楽園では武藤&棚橋&西村のトリオが実現して小島聡& カズ・ハヤシ&本間朋晃に快勝した。
初一騎打ちは全日本の05年2.16代々木で実現し、武藤がシャイニング・ウィザードの乱れ打ちからムーンサルト・プレスで完勝。08年4.7後楽園での「チャンピオン・カーニバル」公式戦では30分時間切れ引き分けとなり、武藤の1勝1分けで迎えたのが東京ドームの大一番である。
4度の防衛を重ねてきた武藤は強かった。棚橋はアリ地獄のような武藤ワールドの中でもがき苦しんだが、新日本ファンの後押しを受けてハイフライフロー2連発で大逆転勝利。その瞬間、東京ドームは大棚橋コールに包まれた。
「去年4月にベルトを獲ってから、それを高めるために一生懸命突っ走ってきたから、駅伝で言えば区間賞だと思っている。そのタスキを棚橋に渡したわけだからな。もう俺が呼ばれないようにしてくれよ」と武藤。
それまで愛を叫ぶ棚橋のスタイルはチャラいと批判されることも少なくなかったが、この勝利を機に誰もが棚橋を新日本のエースと認めるようになった。08年に狂い咲いた武藤は、新日本の時代を動かすという重要な役目も果たしたのだ。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。
写真・ 山内猛