弱冠29歳にしてトップの座に就き、一族世襲を維持。工作員が拉致を行い、ミサイルを発射して国際社会の反発を食らう無法国家・北朝鮮を、若き独裁者はさらに危険な方向へ導こうとしている。人間・金正恩氏の実像、手腕とはいかなるものか。その生い立ちから北朝鮮国内の評判、女性問題、異様な外交戦略まで、全てをまる裸にする。
「外見が祖父に似ているだけ」
「白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住む」
北朝鮮で「建国の父」「民族の指導者」とたたえられる故・金日成主席はかつて、こう民衆に約束したことがある。もちろんまだ実現しておらず、故・金正日総書記は軍を強化したが、経済をすっかり疲弊させた。食料不足は日に日に深刻化している。
にもかかわらず、金総書記死去を受けて、三男・正恩氏(29)が後継者となり、この4月、正式に朝鮮労働党の第一書記に収まった。総書記ポストは父に永久に与えられたため、第一書記が最高ポスト。だが、日本に住む40代のある脱北者男性は、「こんな世襲はとても理解できない」と怒りをブチまけるのだ。
私は昨年、金総書記の長男・金正男氏(41)にインタビューし、150通以上のメールを交わした。その内容を著書「父・金正日と私 金正男独占告白」(文藝春秋刊)として発表し、国際的な反響を巻き起こした。
祖国を客観的に分析する彼は新指導者、正恩氏に対しては悲観的な見方をしていたが、彼の予測は残念ながら当たってしまったようだ。
正男氏は当初、「(異母兄弟の正恩氏とは)会ったことがないので、コメントできない」「顔は祖父に似ている」とだけ話していた。だが親しくなってくると、本音と思われる言葉を漏らすこともあった。「(正恩氏の)外見が祖父に似ているだけで、住民に受け入れられるか心配だ」(11年12月10日のメール)
今年1月3日のメールにはこう書かれていた。
「37年間続いた父の絶対権力を(後継者教育が)わずか数年の若い世襲後継者がどう受け継いでいけるのか疑問です。若い後継者を象徴として存在させ、既存のパワーグループが父上のあとを引き継いでいくと見られます」
経験不足を心配する正男氏の言葉は的を射たものだろう。
正男氏の「まっとうな」物の考え方は、9歳からのスイス留学で培われたものだ。幼い彼が留学に旅立つ時、金総書記は涙を流して寂しがった。しかしその後、金総書記は在日コリアン出身の故・高英姫を新しく妻として迎え入れ、愛情の対象も、彼女との間にできた2人の息子、正哲氏(30)と正恩氏に移っていく。
忘れ去られ、スイスで放任されるうち、知らず知らず「資本主義青年になり」(正男氏)、父と対立した。
一方の正恩氏も実は、98年から00年までスイスの首都ベルンにある学校に「パク・ウン」という偽名で通ったと伝えられている。最近、スイスの新聞は、正恩氏が91年にスイスに入国し、約9年間滞在していたと報じた。そのため、北朝鮮人民の中には「海外を知っている正恩氏が大きな改革をして、経済を建て直してくれるはずだ」と、わずかな期待をかける者もいたのである。